緊張の正体を知る
緊張の症状
緊張の正体は既に脳科学的に明らかにされています。人間は得体の知れないものに対して恐怖を感じますが、知りさえすれば落ち着いて対策を打つことができるようになり、恐るるに足りません。緊張をコントロールするには、まずは正しい知識をつけましょう。
さて、あなたは緊張したとき、どんな症状が現れますか?
一般的に、下記のような症状が挙げられます。
・身体が硬直する
・手足が震える
・表情がこわばる
・冷や汗が出る
・心臓がドキドキする
・喉がカラカラになる
・頭が真っ白になる
・コントロールが利かない
偉そうに書き綴っていますが、私自身がこれらの症状をコンプリートした張本人です。
営業マン時代、社長を含め総勢200人を前に講演したときのこと。豪華な会場に特大スクリーンが2つ、全国で有数の成績優秀者としてご紹介をいただき、大きな拍手と共におおとりで壇上に上がると、眩いスポットライトに照らされました。レーザーポインターを持つ手は震えて、「ここここちらをご覧ください」と指し示した先の赤い点は驚くほど生きが良く、「こちらってどちらですか」と会場がざわつきました。本当に恥ずかしかったです。本気で消えてしまいたいと思いました。堂々と振る舞えなかった自分が心底嫌になりました。人前に立つことが多い職業柄、このままでは大事な仕事を任せてもらえません。そして何より、頑張って成果を上げたのに、実力でなく単なる偶然に思われたかもしれないと思うと、悔しくて仕方がありませんでした。
なんとかしたいという一心で、たくさんのあがり症克服セミナーに足を運びました。その都度、手が震える原因を聞くと、多くの先生が「自意識」と述べられました。自意識とは、自分自身に対する意識のことで、見栄を張りすぎて本来の自分の能力以上のものを出そうとしてしまうことが過緊張に繋がると言うのです。つまり、私は「自意識過剰」だったのです。そのため、対処法として、「あなたはありのままで素晴らしい存在です」、「無理に背伸びをしなくて大丈夫です」、「等身大で十分に魅力的です」、そう優しく教えてくれました。
日本の社長の中でもトップ級のコミュ力の達人と言われるトヨタ自動車の豊田章雄社長は、社内報の中で「すごいプレゼンをする秘訣は何か」と聞かれて、こう答えています。
唯一のアドバイスは、人前に出ていくと「恥ずかしい」とか、やっぱり人間だから「いいカッコしたい」っていうのが出てくるんだよ。それさえ捨てりゃラクだよ(笑)
カッコつけて話そうとすることほど、カッコ悪いことはないということです。
しかしながら、欲しがりで天の邪鬼な私は、これだけでは納得しきれませんでした。なぜなら、私はとにかく手の震えを止めたかったからです。どれだけ等身大を意識しても、治らないような気がしたのです。医療業界にいた私は、そもそもこの震えは身体で何が起きているのか?その原因をはっきりさせない限り克服はあり得ないと思い、心と体の仕組みに関する書籍を片っ端から読み漁りました。
そして、ようやく突き止めました。緊張状態にあるときに身体で起きていること。つまり、緊張の正体。それは、ズバリ、「自律神経」にありました。
心と体の仕組み
緊張の正体は、自律神経です。過緊張状態とは、自律神経が乱れている状態のことです。そこで、まずは神経について、簡単にご説明します。
私たちの身体は、全身に神経が張り巡らされています。その神経は中枢神経と末梢神経に大別され、自律神経は末梢神経に分類されます。さらに、自律神経には交感神経と副交感神経の2種類が存在し、それぞれが相反する関係性になっています。ご覧の通り、交感神経は「心身を緊張させ、興奮状態に導く」神経であり、一方の副交感神経は「心身をリラックスさせ、鎮静状態に導く」神経です。交感神経がアクセルで、副交感神経がブレーキです。
自律神経は全身の様々な臓器をコントロールしています。例えば、交感神経が優位になると、心拍数、血圧、呼吸数、体温が上がり、筋肉は緊張します。一方、副交感神経が優位になると、その逆の反応、心拍数、血圧、呼吸数、体温が下がり、筋肉は弛緩します。ここでもう一度、冒頭で説明した緊張の症状を思い出してください。いずれの症状もその原因を自律神経で説明することができます。私を苦しめていた手の震えも同様です。交感神経が優位になり、筋肉が緊張していたのです。そうとわかれば、あとは実践するのみです。自律神経を整えることさえできれば、手の震えもきっと止まるはずです。
したがって、緊張のコントロールとは、①自律神経の乱れを整える、②交感神経の働きを抑える、③副交感神経の働きを促す、これらをどれだけケアできるかにかかっているということです。そのため、生活習慣を見直すことは、あがり症の対策として理にかなっています。徹夜明けでプレゼンに臨むと、自律神経のバランスが崩れているため、緊張しやすい状態になってしまいます。さらにひどくなると、神経症、パニック障害、うつ病を引き起こします。日頃から生活リズムを整えて、準備はできる限り余裕を持って行うことが大切です。
自律神経の乱れを整える
セロトニンの役割
それでは、自律神経の乱れを整えましょう。自律神経の働きを調節する役割を担うのが「セロトニン」という情報伝達物質です。セロトニンは通称「幸せホルモン」と呼ばれ、やる気や幸福感を感じさせる脳内物質の9割を占めています。
余談ですが、うつ病の患者は脳内のセロトニンが枯渇していることが原因とされています。そのため、抗うつ薬として、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)と呼ばれる、セロトニン受容体に作用し、セロトニンの濃度を高める薬剤が処方されます。したがって、緊張をコントロールする以前に、セロトニンは心身ともに健康な状態を維持するために必要不可欠な物質です。
また、セロトニンは癒しを感じさせる物質ということに加えて、もう一つ重要な役割を担っています。先に述べた作用に比べ、この点について触れている書籍は極端に少なく感じましたが、緊張をコントロールする上では、こちらの方が重要度は遥かに高い。それが、「他の脳内物質の量を調整している」ことです。交感神経の代表的な情報伝達物質として知られるのが「ノルアドレナリン」です。ノルアドレナリンが過剰に放出されると、交感神経の活動が高まり、過緊張状態になります。そして、この過剰に放出されたノルアドレナリンの量を調整する正義のヒーローこそが、セロトニンなのです。セロトニンは、いわば「脳内の指揮者」のような働きをしています。
緊張を味方にする習慣
・朝日を浴びる
それでは、どうすればセロトニンの濃度を高めることができるのでしょうか?
セロトニンを作り出すスイッチを押しましょう。それは、「朝日を浴びる」ことです。セロトニンは視覚からの光刺激によって合成が促進されます。
また、人間には体内時計(平均24時間10分前後)があり、リセットしないと毎日10分ずつ寝つきの時間が遅くなり、昼夜逆転してしまいます。体内時計をリセットするには、太陽の光(2,500ルクス以上)を5分ほど浴びるのが効果的です。
・リズム運動
そして、お勧めの組み合わせが「リズム運動」です。リズム運動とは、ウォーキング、ジョギング、サイクリング、ダンス、スクワットなど、一定のリズムで筋肉の緊張と弛緩を繰り返す運動を指し、自律神経を活性化します。したがって、朝イチの散歩は最強のモーニングルーティンです。ただし、30分を超えると神経が疲れてしまい、逆効果になる恐れがあるので注意しましょう。
また、「咀嚼(そしゃく)」も有効なリズム運動になります。実際にガムを噛んだときのセロトニン量を計測すると、噛み始めてから5分で増え始め、20分噛んだ直後も30分後まで増え続けました。よく噛んで朝ご飯を食べましょう。セロトニンを作る上で、取り入れたい食材をご紹介します。
セロトニンはトリプトファンから合成されます。トリプトファンは必須アミノ酸の1つです。必須アミノ酸とは、タンパク質を構成するアミノ酸のうち、体内では十分に合成できないため、食事から摂る必要があるアミノ酸です。また、ビタミンB6はセロトニンの合成を促進させ、炭水化物は合成に必要なエネルギー源です。パンと牛乳、卵かけご飯、納豆ご飯は、朝ご飯にとても相性が良いのです。そして、お気づきの通り、バナナはスーパーフードです。勝負のプレゼンや大事な面接を控える日は、ゲン担ぎとして、バナナ一本、あるいは、バナナヨーグルトをぜひお召し上がりください。
そして、夕方になるとセロトニンを材料にして睡眠物質の「メラトニン」が作られます。体内時計がリセットされて15〜16時間後に分泌されるので、逆算すると8時にリセットした場合、23〜24時に眠気が出てきます。したがって、生活リズムを整えたいのであれば、まずは朝の習慣を見直しましょう。
日本つかみ協会では、毎週土日8:30より朝活を開催しています。特に土日の朝はダラダラしがちなので、良い習慣付けにぜひご活用ください(なんて美しくスムーズな宣伝なのでしょう笑)。かれこれ3年以上も継続している累計800名が受講した大人気の読書会です(現在は会員制コミュニティとして開催しています)。気持ちの良い朝を迎えると、その日は一日中ハッピーな気分で過ごせます。まずはハードルを下げて、少しずつ習慣にしていきましょう。習慣が変われば、人生が変わります。
感謝の気持ちを忘れずに
「ありがとう」は魔法の言葉
感謝することによって、セロトニン、ドーパミン、エンドルフィン、オキシトシン、これら4つの脳内物質が出ることが知られています。セロトニンはノルアドレナリンの「ブレーキ」です。ドーパミンは「楽しい」の源になる幸福物質。エンドルフィンは脳内麻薬とも呼ばれ、ドーパミンよりもさらに強い幸福物質。オキシトシンは「癒し」「リラックス」の物質です。この4つの物質は、緊張や不安に対して、ブレーキをかけたり、過緊張を中和してくれる働きを持ちます。世の中には数多の緊張緩和法がありますが、この4つの脳内物質を全て動かす唯一の方法が、「感謝する」ということです。
加えて、「笑顔は10秒で過緊張を緩和する」というすごい研究結果があります。笑顔がセロトニンを分泌させるのです。
プレゼンや面接では、笑顔で感謝の気持ちを伝えることから始めましょう。心から精一杯の気持ちを込めれば、自然と笑みが溢れます。「ありがとう」は緊張を吹き飛ばす魔法の言葉です。
プレゼンテーションの語源
人は皆、注目されたり、視線や目線のベクトルが自分に向けられると緊張します。このとき、あがり症の人は「緊張するかな」とか「上手く話せるかな」とか、つい自分のことばかり考えてしまいがちです。そうすると、自分でも自分にベクトルを向けることになり、緊張感はますます高まる一方です。
そもそも、プレゼンは誰のために行うのでしょうか?
話し手ではなく、聞き手のためです。「どうすれば上手く話せるのか」ではなく、「どうすれば聞き手に喜んでもらえるか」に集中しましょう。プレゼンテーションの語源は「プレゼント」です。
「ありがとう」という感謝の気持ちは、100%聞き手にベクトルが向いています。満面の笑顔で、心から感謝すれば、過緊張など起こり得ない。それは、脳科学的な必然なのです。
教える・売ることが職業の人たちへ、科学的根拠に基づいて人の心を掴む方法を伝授します。